特発性TGCV診断におけるBMIPP洗い出し率の重要性
宮内 秀行 先生 千葉大学医学部附属病院 循環器内科 診療講師
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特発性TGCV診断におけるBMIPP洗い出し率の重要性
中性脂肪蓄積心筋血管症(Triglyceride deposit cardiomyovasculopathy: TGCV)は、心筋細胞や血管平滑筋細胞に中性脂肪(TG)が蓄積する心血管難病である。本邦の推定患者数4~5万人1)に対し、2023年末時点の確定診断数は約800例2)とはるかに少なく、未診断・診断の遅れが課題である。TGCVは心不全、冠動脈疾患、不整脈など循環器疾患の代表的な症候を呈し、標準治療抵抗性で難治重症に至る例が多く、診断基準2,3)に則して、積極的に本症の可能性を評価することが重要である。
TGCVは、遺伝子変異による原発性と原因が明らかではない特発性に分類される2,3)。ここでは、TGCVの大部分を占める特発性に焦点をあて、診断基準2,3)の必須項目であるBMIPPの洗い出し率(washout rate: WR)評価*1に関して、どのような患者で本症を疑いBMIPPシンチグラフィを実施すべきか、およびBMIPP-WR評価の注意点について解説する。
*1 BMIPPシンチグラフィにおける洗い出し率10%未満→下記「TGCV診断基準」参照
自施設における5年間6,000例の循環器疾患患者から、図1に示す方法でTGCVを疑う症例を234例まで絞り込み、BMIPPシンチグラフィを実施したところ、104例をTGCVと確定診断した4)。希少難病とされるTGCVの単施設の診断数としては多い印象も受けるが、剖検例の検討から推定した、地域の医療圏におけるTGCVの患者数は、2,500人と計算される*2ことから、未診断のTGCV患者がまだ多く潜在していることが示唆される。
併存する病態からTGCVを推定することを目的に分析したところ(図2)4)、特に、(a)びまん性冠動脈狭窄(血行再建適応病変なし)と糖尿病の合併例、(b)びまん性冠動脈狭窄(血行再建適応病変あり)と心機能低下または心不全の合併例でTGCVが多く診断された(有病率はそれぞれ75%、76%)。これらの特徴を持つ患者には、より積極的にTGCVの鑑別を目的としてBMIPPシンチグラフィを実施すべきと考える。
*2 本邦の推定患者数を人口で案分して千葉県の潜在数を算出
図1 症例探索においてTGCVを疑った症例の特徴(文献4より作図)
図2 各併存病態におけるTGCVと診断された割合(文献4より一部改変)
図3に、各疾患における代表的なBMIPPシンチグラフィ画像およびWRとその特徴を示す5)。1は正常例である。2典型的なTGCV例では左室全体のWRが低下する。3CD36欠損症や45における梗塞領域など、早期像の集積が著減している部位では、見かけ上のWRが極度に低下し、左室心筋全体のWR算出値に影響するた注意が必要である。5のように集積がある領域のWRが保たれていれば、TGCVは否定できる。
また、厚労省TGCV研究班では、虚血急性期にはWRの一過性上昇を認める場合があるため、そのようなタイミングでのBMIPPシンチグラフィによる評価は避けることを推奨している2,3)。
図3 各病態における代表的なBMIPPシンチグラフィ画像およびWRとその特徴(文献5より一部改変)
従来の解析プログラムでは、Polar mapにおいて細分化された局所のWRを計算し、その平均値を左室心筋全体のWRとするアルゴリズムが採用されている(Arithmetic mean WR: AMWR)。しかしこの方法では、図3-5のようにWRの保たれた領域と低下した領域のWRが平均化され、非TGCV例にもかかわらず左室心筋全体のWRが低く算出されることがある。そこで、Polar map全体のカウント同士で左室心筋全体のWRを計算する方法(Total count WR: TCWR*5)を提唱し、これにより図3-4・5のような梗塞領域を含む症例においても正確なWRを算出できることを示した5)。
*5 特許7484540号 PCT/JP2023/032407
●提示したBMIPPシンチグラフィ画像はTGCV診断の一例を紹介したもので、本症のすべてが同様の結果を示すわけではありません。
30代 男性 主訴: 労作時息切れ、下腿浮腫
検診でこれまで異常の指摘はなく、胸痛もなかった。また、心血管リスク(高血圧、脂質異常症、糖尿病)は有してい なかった。2ヶ月前から労作時息切れと下腿浮腫を自覚し受診した。血漿BNP高値であり、心エコー図で左室拡大と 収縮能の高度低下を認め(図A)入院した。入院後に心室細動(VF)により心肺停止となり、VA-ECMOを導入した。
冠動脈造影検査(図B)ではびまん性狭窄を伴う多枝病変を認め、血行再建を施行してVA-ECMOを離脱した。以降はVF再燃なく、心保護薬を導入して第37病日に退院となった。
若年にも関わらず多枝冠動脈病変・びまん性冠動脈狭窄・低左心機能・致死性不整脈を認めた症例であり、TGCVを疑い、BMIPPシンチグラフィを施行した(図C)。WRは-4.9%と著明低値であり、TGCVの確定診断となった。
(a)拡張期(b)収縮期
基部から中間部の後下壁の無収縮。
LVDd/Ds 63/58mm,
LVEF 22%(BiPlane)
3枝病変であり、びまん性冠動脈狭窄を認める。
早期像で後下壁の集積低下があり、集積のある領域・集積低下領域ともにWRが低下している。左室全体のWRは-4.9%と著明な低下を認める。
症例提供: 宮内 秀行先生(千葉大学医学部附属病院 循環器内科)
TGCV 診断基準
必須項目:
1. 心筋BMIPPシンチグラフィにおける脂肪酸代謝障害(洗い出し率 10%未満)
2. 心筋生体組織診断(生検)における心筋細胞内脂肪蓄積
3. 心臓CT,MRスペクトロスコピーにおける心筋脂肪蓄積
大項目:
1. 左室駆出率 40%未満
2. びまん性冠動脈硬化
3. 典型的Jordans異常
確定診断(definite):
必須項目と大項目それぞれを少なくとも1つ満たす場合
疑診(probable):
必須項目を1つでも満たす場合
厚生労働省難治性疾患政策研究事業 TGCV研究班2)作成、日本核医学会・中性脂肪学会承認
URL: https://tgcv.org/ (2024年3月閲覧)