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前立腺癌は従来、欧米諸国に多く日本人には少ないといわれてきました。しかし、近年は高齢化やライフスタイルの欧米化を背景にわが国でも罹患率が急激に上昇しています。2020年には罹患率が肺癌に次ぎ2位になると予測されており、その対策は焦眉の急の課題です。 そこで注目されているのが、PSA検診です。オーストリア・チロル地方の研究では、PSA検診導入後の死亡率が導入前と比較すると54%も低下したことが報告されています。また、現在進行中の大規模無作為化比較試験ERSPC(European Randomized Study of Screening for Prostate Cancer)の中間解析では、PSA検診の導入により10年間で進行癌罹患率が約49%も減少していました(表1)。これらの結果はPSA検診の有用性を証明するものであり、極めて重要な結果です。 日本でも、前立腺癌検診への関心は高まってきており、市区町村の住民健診における前立腺癌検診の実施率が増加してきています。このような中、日本泌尿器科学会から「前立腺がん検診ガイドライン2008年版」が刊行されました。はじめに、このガイドラインについて簡単にご紹介いただきたいと思います。 |
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前立腺癌はよくご存知のように非常に経過の長い癌です。そのため、癌死だけで検診の意義を評価することには無理があります。日本泌尿器科学会では、死亡率減少のみならず進行癌の減少と患者さんのQOLを良好に維持することが重要であると考えました。 ガイドラインでは、検診の対象年齢は50歳以上、家族歴がある場合は45歳以上とし、PSA検査の基準値は4.0ng/mlあるいは年齢階層別PSA基準値を用い基準値を超えたら二次検診の受診を推奨しています(図)。 |
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医療従事者のみならず一般の方々も、このガイドラインを通して前立腺癌検診の意義と診療の実態を正しく理解していただき検診が普及することが期待されます。 |
それでは、長崎市の前立腺癌検診について、これまでの経緯および概要をお聞かせください。 |
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検診は、長崎市の保健事業の一環として2002年度から始まりました。開始に先立ち長崎市、長崎大学、長崎市医師会の3者で協議会を設置して検討を重ね、検診方法は募集型のPSA単独検診とし、検査場所は長崎市医師会医療センターの1ヵ所で実施することになりました(表2)。 PSAの測定も医師会医療センター検査部の1ヵ所で行い、精度管理に努めています。現在は、ある程度検診の有効性が確認されたので、公募だけではなく住民健診や企業健診などでも前立腺癌検診を勧めています。 |
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二次検診については、原則として経直腸的超音波ガイド下の前立腺生検を行うこととし、施行可能な9施設が指定されています。これは精度管理上も非常に重要な点です。二次検診の結果は、長崎大学泌尿器科に送付され集計された後、長崎市へ報告されるというシステムになっています。 |
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具体的には二次検診では、一般問診、前立腺触診を含む診察を行って超音波検査ないし超音波断層法を施行した後、前立腺癌は無症状が多いこと、前立腺触診や超音波エコーでは所見がない場合が多いことなどをお話しして生検の必要性、検査方法および合併症について詳しく説明し、生検の同意を文書で得るようにしています。生検は通常、右葉5ヵ所、左葉5ヵ所、計10ヵ所とし、癌が確実に疑われる場合は4〜5ヵ所、再検査の場合は12〜14ヵ所になることもあります。 |
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長崎市では、PSAの測定の検査場所を1ヵ所で行っているのが大きな特徴ですね。 |
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はい。医師会医療センター検査部で、しかも同じ検査員が専任で行っています。また、フリーPSAも測定していることも特徴の一つです。 |
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1ヵ所で、しかもフリーPSAまで測定しているのは、日本でもあまり例がないと思います。今後、学問的にも非常に重要な知見が得られると思われます。 |
生検は文書で同意を得るというお話がありましたが、最近は個人情報保護の問題もありインフォームドコンセントが非常に重要です。検診を始めるにあたって、このあたりはどのようにされたのでしょうか。 |
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ちょうど協議会を立ち上げ検討を始めた頃に個人情報保護が問題になり始めたので、検診でも十分説明をして同意を得ることで意見が一致しました。説明書には、検診の目的、検診の方法、採血時の有害事象、検査の信頼性、検診による利益と不利益、検診効果の不確実さ、PSAが異常値であった場合の精密検査の必要性と癌と診断された場合の治療法、個人情報の保護に関する内容が盛り込まれています。特に、二次検診が必要になった場合、検診結果が二次検診実施機関より長崎大学および長崎市へ通知されることについても文書で同意を確認するようにしました。 |
長崎市における前立腺癌検診のこれまでの成績をまとめていただけますか。 |
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2002年度から2006年までの5年間の検診結果をお示しします(表3)。 初年度は、一次検診受診者1,293人中、二次検診該当者は12.5%で、その約8割の方が生検を受けられ、癌発見率は一次検診受診者に対して3.6%と極めて高いものでした。その後、年々癌発見率は低下し、2005年は0.2%でした。この低下の最も大きな要因は、複数回受診者の増加が考えられます(表4)。 2005年度は新規受診者の割合が約38%でした。そのため、2006年度は拠点を2カ所追加して3カ所で検診を行った結果、一次検診受診者は2,424人に増加して新規受診者の割合も約6割まで上昇し、癌発見率も0.9%まで回復しました。まとめますと、5年間で受診者は延べ8,748人、平均年齢は63.5歳で全体の75%が70歳未満でした。総受診者に対する前立腺癌発見率は1.5%、臨床病期は80%以上が限局癌で、臨床病期Dの転移癌はわずか3.0%でした。 |
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複数回受診者についてですが、経時的な変化は追跡されているのでしょうか。 |
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ええ、初回の生検では見つからなかったけれども毎回PSA値が高いので再度生検をしたら癌が発見されたというケースもあります。今後、複数回受診者のデータを解析し、受診間隔の検討等を行いたいと考えています。 |
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検診ガイドラインでは、PSA値に応じて1年後または3年後の再スクリーニングが推奨されていますね。 |
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受診者には説明しているのですが、PSA値が高かった場合は毎年受けたいというのが受診者の心情だと思います。もっと積極的な啓発が必要と考えられます。 |
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50〜60歳代の受診者が多いのは、検診の目的からみると大変好ましいことですね。 |
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その要因は、検診センターが市の中心部にあったからだと思います。しかし、対象人口に対する検診暴露率は、5年間で6.6%とまだまだ低いのが現状です。 |
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新規受診者を増やすには、やはり検診場所を増やすことが最大のポイントではないかと思います。 |
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今年度から新しい健診制度が始まったことに伴い、実は特定健診の住民健診は担当母体が医師会から健康事業団にかわりました。今後は健康事業団とも連携を図っていかなければならないと思われます。また、もう一つの可能性としては、受診者の利便性を考慮して夜間や日曜祭日の受診も可能なシステムも必要なのではないでしょうか。要請があれば医師会でも考えていきたいと考えています。 |
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受診機会を増やせば、受診したいという方はもっと増えるのではないでしょうか。 |
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そのほか今できることとしては、あらゆる可能な手段を駆使して、広報活動、啓発活動を行うことですね。 |