わが国で前立腺がんが増加しています。「がん・統計白書2012」によると、2010年の前立腺がんによる死亡者数は1万1,600人。2025年には1万5千人を超えると予想されています。多くの自治体が、前立腺がんの早期発見に有効なPSA検査を取り入れているものの、日本人男性の受診率は10%前後と低い数字にとどまるのが現状です。
前立腺がんの早期発見・適切治療の大切さを伝えるブルークローバー・キャンペーンは、9月17日~24日を、日本における「前立腺がん啓発週間」と設定。複数の医療機関と協力し、無料PSA検査の提供のほか、前立腺がんの基本的知識を広く発信しました。
啓発週間中、各医療機関で行われたPSA検査。前立腺がん早期発見の切り札として用いられるこの検査や診断方法について覚えておきたいことを、木村剛先生(日本医科大学泌尿器科学教室准教授)にお答えいただきました。 |
「PSA(前立腺特異抗原)」は、前立腺の細胞が産生し精液中に分泌する物質で、血液中にもごく少量検出されます。前立腺がんや前立腺肥大症ではその細胞が増えるため、前立腺炎ではその細胞が壊れるためにその値が上がります。ごく少量の血液を検査するだけで、前立腺がんの可能性がどの程度あるかわかるため、簡便かつ体に負担をかけない検査方法として、PSA検査は広く行われています。
PSAは4.0ng/ml以下ならば正常値で、4.1~10では前立腺がんの疑いあり、10を超えると前立腺がんの疑いが強くなります。日本医科大学で針生検(後述)を行った方のPSA値ごとのがん陽性率を確かめてみたところ、やはりPSA値が高くなるにつれて、前立腺がんの陽性率も高くなることがわかっています。
PSA検査や直腸診、超音波検査の結果、前立腺がんが疑われる場合に行うのが「前立腺針生検」です。肛門から専用の超音波器具を挿入し、前立腺を観察しながら、細い針を刺して前立腺の組織を採取します。現在の前立腺がんガイドラインでは、針を刺す箇所は10~12カ所とされています。生検により、がんかがんでないか診断できるのみならず、がんの悪性度、がんの拡がりという治療方針にかかわる貴重な情報も得ることができます。
前立腺内でも、がんができやすい部位とできにくい部位があります。がんは、特に「外腺」と呼ばれる前立腺の外側や、尖部の腹側にできやすいことがわかっています。われわれ日本医科大学では、全摘出した前立腺でがんの分布をマッピングし、がんが前立腺のどの部分にできやすいか調査しました。
当院ではその結果から,針を刺す部位も、がんのできやすいところに集中させるという考え方のもと、2006年から1カ所18本の針生検を行っています。その生検法により、PSA4.1~10の方においてがん陽性率は53%と以前の方法よりもかなり高い陽性率が得られており、がんの見落としが極めて少ない生検法と自負しております。
生検の結果、命に影響を与えないようながんが発見されることもあります。前立腺がんは、一般的に進行がゆるやかなものも多く、高齢者の場合は無治療でも生涯をまっとうできる可能性もあります。
どんな治療にも副作用があります。副作用は必ず未治療よりも生活の質を落とします。従って、治療の有効性が副作用を上回る場合のみ治療介入が妥当と言えます。そのため、生命予後に影響がないがんと判断された場合は、積極的な治療を行わず経過を観察する「PSA監視療法」が重要な選択肢の一つになります。しかし、そのためには、定期的なPSA検査によるPSA値の監視はもちろん、確かな生検データが不可欠です。安心できる「経過観察」のためにも、信頼できる針生検結果のもとでPSA監視療法を行いたいものです。
前立腺がんが社会問題化した米国では、1980年代後半からPSA検査が普及し、現在では50歳以上の男性の75%が受診しているといわれている。この背景には、民間が主体となって実施する無料PSA検査が大きな役割を果たしている。NPO法人PCEC(Prostate Conditions EducationCouncil)がその中心的存在として知られ、PCECが「前立腺がん啓発週間(Prostate Cancer Awareness Week:以下PCAW)」と定めた毎年9月第3週には、全米の協力病院やクリニックで無料PSA検査が実施され、米国民の間で検査は身近なものとなっている。
この活動に着目し、日本においても民間主体の無料PSA検査実施の流れを作ろうと尽力したのが山中英壽先生(公益財団法人前立腺研究財団理事長・黒沢病院院長)と深貝隆志先生(昭和大学医学部泌尿器科准教授)だ。
PCECの招請もあり、2010年のPCAW期間中に、現地で実施の様子を視察。日本においても実現できる手応えを得て帰国した。「米国ではPSA検査の浸透により前立腺がん罹患率が急増。1992年には50万人以上の前立腺がん患者が見つかりましたが、死亡率は1990年代半ばをピークに減少に転じ、現在はピーク時の70%まで減少しています。主導的な役割を果たしてきたのが、PCECによるPCAWです」と山中先生。PCAWは2000年からアメリカンフットボールとタイアップ。啓発期間中は、全米メディアがこぞって前立腺がんの早期発見を無償で呼びかける。前立腺がん罹患者のパウエル元国務長官もスポークスマンとして協力、まさに国をあげてのムーブメントまで成長している。
PCAWの事例を参考に、2011年には深貝先生が所属する昭和大学病院泌尿器科において、日本では前例のない大学病院主導の前立腺がん啓発イベントを開催。日本におけるパイロットケースとして注目を集めた。その輪が関東一円の医療機関に広がり、複数医療機関の協力による、2012年の前立腺がん啓発週間の実現にいたった。
「今後、手を挙げてくれた医療機関でスムーズに開催できるよう、手順やマニュアルをさらに精査したい」と深貝先生。「無料PSA検査ありきではなく、医療機関の規模や事情に合わせて、実施内容はいろいろな形があっていい。一般市民だけでなく医療機関側にも『前立腺がんの早期発見・適切治療』の大切さを広めていきたい」と山中先生。来年以降の輪の広がりを、早くも見据えている。
米国の男性の健康を脅かす前立腺がんに関する知識を、男性だけでなく女性も含めた国民に普及させることを目的に設立されたNPO法人。 |