ブルークローバー・キャンペーンブルークローバー・キャンペーン2011 シンポジウム

前立腺がんを考える 〜大阪府の前立腺がん治療について〜
前立腺がん PSA検査で早期に発見
-----
主 催:ブルークローバー・キャンペーン運営委員会(朝日新聞社)
後 援:日本人間ドック学会、日本放射線腫瘍学会、財団法人前立腺研究財団
特別協賛:アストラゼネカ株式会社
協 賛:日本メジフィジックス株式会社、ベックマン・コールター株式会社
協 力:ユーロメディテック株式会社、株式会社 好日山荘

前立腺がんは無症状のまま進行することが多いがんです。近年急増しており、年間約4 万3 千人に見つかっています。しかし比較的ゆっくりと進行し、効果的な治療法も多いため、早期発見できれば根治しやすいがんでもあります。大阪で開かれた本シンポジウムでは、訪れたたくさんの人に、前立腺がんの基礎知識や治療のトレンド、さらには体験談など、前立腺がんに関する正しくわかりやすい情報を発信しました。当日の模様をダイジェストでお届けします。

「前立腺がんの診断について」
前立腺がんの早期発見に有効なPSA検査
西村和郎先生 大阪府立成人病センター泌尿器科部長

前立腺は膀胱(ぼうこう)の下にあり、尿道を取り囲むよう位置する臓器で精液の一部を作っています。前立腺がんは、顕微鏡レベルでしか確認できない潜在がんと、転移して命をおびやかす臨床がんに分かれます。日本人と欧米人では潜在がんの発生頻度は同じですが、臨床がんでは欧米人が高くなります。この数十年で日本の前立腺がんが急速に増えたのは、食事など生活習慣の欧米化が影響していると考えられます。

前立腺がん 診断・治療の流れ

前立腺がんは早期ではほぼ無症状です。進行すると尿が出にくい、残尿感、排尿時に痛みを伴う、尿や精液に血が混じるなど、前立腺肥大症と似た症状が現れます。さらに進行すると、骨転移に伴い腰痛や四肢の痛みも出ます。

早期発見には、血液検査のPSA検査が有効です。PSAとは前立腺で作られるたんぱく質の一種で、前立腺肥大症や前立腺炎でも高値になりますが、PSA値が高いほど前立腺がんの発見率は上昇します。


診断は、まずPSA検査や直腸診(触診)、経直腸的超音波(エコー)検査などのスクリーニング検査を行います。がんが疑われる場合、前立腺組織を採取します。採取した組織を顕微鏡検査などから判断します。もしがんであった場合、その際測定されるものが、がんの悪性度を示すグリソンスコアです。数値が大きいほど、悪性度が高く転移する可能性が高くなります。こうしてがんが確定すれば、CTや骨シンチグラフィでがんの病期(がんの広がりや進行度)を確認します。治療を決める上で、最近用いられるようになったのがリスク分類です。病期、グリソンスコア、PSA値によって低・中・高リスク群に分け、治療選択の指針とします。おのおののがんの状態やライフスタイルに合った治療法を、医師の提案のもと選択しましょう。

「前立腺がんは放射線でも治るの?」
他の治療との併用も考えた適切な放射線治療を
野々村祝夫先生 大阪大学医学部附属病院泌尿器科教授

前立腺がんの放射線療法は、体の外から照射する外照射と、放射線を出す線源を前立腺内に埋め込む組織内照射があります。外照射の技術は進歩し、3次元原体照射(3D-CRT)や強度変調放射線治療(IMRT)は、CTとコンピューターを利用して、3次元で病巣の形により正確に合わせた照射が可能です。これらは直腸や膀胱など正常組織への影響を抑えるため、従来の照射より排尿障害など合併症が減少しました。また、より高線量を照射するため、治療成績も向上しています。

放射線治療の過去と現在

組織内照射法には、高線量の線源を一時的に前立腺内に留置する高線量率組織内照射(HDR)と、低線量の線源を永久的に埋め込む小線源療法があります。小線源療法は2泊3日程度の入院で治療でき、線源から出る放射線は1年間でほぼ無視しうるレベルになります。2003年に保険適応となった新しい治療法で、PSAが10ng/ml未満で、悪性度が低くがんが前立腺内に限局して転移や浸潤がないような低リスク症例に適応されることが多いです。


中リスク症例では、外照射の場合、線量を上げるほど局所制御率は上がります。一方、高リスク症例では、線量増加だけで治療効果は望めず、内分泌療法(ホルモン療法)の併用が必要です。小線源療法も含めて放射線治療に内分泌療法を併用することで、放射線治療の成績が改善することがわかっています。

放射線治療は、早期の前立腺がんに対する根治的治療として確立しています。また再発例では、前立腺全摘除術後のPSA再発に一部の症例で有効な場合があります。ここに挙げた放射線治療の各種は、リスク分類などによる適応や合併症の出方が異なり、他の治療との組み合わせ方もさまざまです。専門医と相談のうえ治療法を決めてください。

「前立腺がんの手術療法と薬物療法について」
患者さんの希望を尊重した治療法を提案
植村天受先生 近畿大学医学部附属病院泌尿器科教授

前立腺がんの治療法を決める要素は、がんの病期(進行度)と悪性度、年齢、全身状態や合併症の有無、患者さんの希望です。特に最近は、患者さんの希望を尊重しています。

治療の種類は、手術や放射線療法の局所的治療と、内分泌療法(ホルモン療法)などの全身的治療に分かれます。手術(前立腺全摘除術)は、早期では根治の可能性が最も高く、第一選択となります。他の治療に比べて身体的負担が大きいとはいえ、いろいろな手術法が開発され以前ほどの負担ではありません。

各治療法の特徴

例えば、腹部に小さな孔(あな)を開け内視鏡を使って摘出する鏡視下前立腺全摘除術は、開腹手術より時間がかかりますが、出血量や術後の痛みが少なく、術後回復が早いなどの利点があります。術後の合併症は主に尿漏れと性機能障害です。尿漏れは、半年くらいで治るケースがほとんどです。神経を温存する手術では、性機能障害にならない可能性があるものの、がんの場所によっては根治摘除しきれない心配もあります。


内分泌療法は、男性ホルモンの働きを抑え、がん細胞の増殖を抑制する治療です。すべての患者さんが対象で、精巣摘出術(去勢術)もありますが、日本では多くの人が外来での皮下注射や経口薬投与を選びます。副作用は性機能障害、筋力低下、腹部脂肪の増加など。手術や放射線を併用することもあります。有効期間は治療開始時の病期や悪性度によって異なりますが、なかにはホルモン療法に耐性ができ去勢抵抗性再燃がんになります。そうなると、化学療法などに移行します。ワクチン療法など新しい治療も研究が進み、今後期待できるかもしれません。

前立腺がんの治療は多数の選択肢から最適のものを選びましょう。

ゲストによる講演 「私の前立腺がん体験」
早期がんを発見できたPSA検査
セカンドオピニオンで納得の治療
岩佐 徹さん フジテレビ・WOWOW元アナウンサー

03年、母の葬儀で兄から「前立腺がんになった」と聞き、初めてPSA検査の存在を知りました。父も病死後の解剖で前立腺がんがあり、もしやとかかりつけ医でPSA検査をしました。結果はグレーゾーン。紹介された病院で生体検査を行いましたが、結果待ちの10日間は人生で最もやきもきした時間でした。いざ当日、先生は対面するなり「ああ、出てましたね」とおっしゃった。がん告知は厳かなイメージだったので、拍子抜けでしたね。グレーゾーンの時から治療するなら手術と考えていたので、先生の勧める手術を承諾。この経緯を医師だった知人に話したところ「セカンドオピニオンを求めては」と助言をもらい、別の病院へ。そこでの先生は、複数の治療法とそのメリット・デメリットを詳しく説明されました。けれどやはり手術がしたかった。がんが残っているのでは?とおびえながらの人生は嫌だったのです。

検査で転移がないとわかり、全摘手術が決まりました。けれど、その数カ月後に、ぜひやりたい海外の仕事が予定されていた。アナウンサーとして、これらを良いコンディションのもとでやりたいのだが、それを可能にする治療スケジュールは組めますか、と相談しました。先生は「その間は内分泌療法でがんの進行を遅らせ、やりたい仕事が一段落したところで手術を設定しましょう」と提案されました。私は先生の明快な話し方から、この病院でお世話になると決めました。

帰国後入院し、病院スタッフからあらゆる情報を聞き、何の不安もなく手術室に向かいました。手術翌日から点滴スタンドを引きずり歩行訓練を開始。速いスピードで歩きまわり、看護師から注意されたほどでした。退院後は、自宅周辺を歩き体力の回復に努めました。幸い後遺症は少し尿漏れがあっただけ。今、元気なのは早期発見のおかげです。PSA検査を知る場を与えてくれた母からのプレゼントかもしれません。

パネルディスカッション、Q&A
「前立腺がんとのつきあい方〜患者、医師の立場から〜」

講演いただいた西村和郎先生、野々村祝夫先生、植村天受先生、岩佐徹さんによるパネルディスカッション。
田村あゆちさんの進行のもと、会場からの質問を中心に、前立腺がんの幅広い話題が繰り広げられました。

80歳前後になると、手術療法は無理で、放射線療法か内分泌療法になると
言われました。年齢に適した最も良い治療法について教えてください。

野々村先生

一般に手術は、術後何年生きられるかという「期待余命」10年以上が適応です。多くの医療施設が、手術は75歳前後までと基準を設けています。また、高齢者は心臓疾患など合併症があり、手術が難しい場合もあります。とはいえ、必ずしもこの基準に沿う必要はありません。私自身、80歳の患者さんの手術経験をもちます。本人のライフスタイルや合併症を考え、最適の治療を選択してください。


植村先生

患者さんの希望が重要です。ただし、その希望が標準的治療とあまりにもかけ離れている時は、ていねいに説明してセカンドオピニオン、サードオピニオンをお勧めします。


岩佐さん

問題は治療中、また治療後、自分がどんな人生を送りたいか。色々な選択肢から、最後に決めるのは患者自身です。


50歳代でPSA値は6〜7、グリソンスコアが6、左右10点の生検で片側の前立腺3カ所に陽性反応が。前立腺周囲への浸潤はなく、骨への転移もありません。このような条件下での適切治療を教えてください。

植村先生

何に重きを置くかで治療は変わります。性機能を残したいなら、放射線の小線源療法を勧めます。神経温存の手術をしても、性機能障害になる可能性があるからです。あるいは、「がんとの共存が考えられない」なら手術でしょう。ただし、手術で根治するとは限りません。


野々村先生

PSA値が低くグリソンスコアも高くない。比較的低リスクと思うので、放射線で根治の可能性があります。小線源療法なら2泊3日程度の入院ですみ、時間的にも負担が一番少ないでしょう。


西村先生

基本的にお二人の考えと同じです。手術のメリットは術後、顕微鏡レベルでがんの広がり具合がわかること。(がんが)取り切れていると確認できれば、根治しただろうという感触が得られます。また生検の結果、小さくおとなしい限局がんなら、定期的にPSA検査を受け経過観察するPSA監視療法(無治療経過観察)も考えられます。


内分泌療法を選択し、300近くあったPSA値が0.01にまで下がった現在。
まだ根治したことにはならないのでしょうか?

植村先生

初期のPSA値が300近いので、がんが全身に広がっている可能性があります。転移性の前立腺がんなら、残念ながら内分泌療法は続けねばなりません。もちろん合併症が出れば休薬するし、治療中止もあり得ます。現在、PSA値の高感度測定では0.005(当院基準)まで測定できるので、0.01ではまだがん細胞が生きていると捉えます。


野々村先生

もともと転移がなく1年後に手術をする患者さんがおられました。それまでの1年間内分泌療法をすると、PSA値は0.01以下まで下がりましたが、手術をするとがん細胞は残っていました。内分泌療法だけでがん細胞の全滅は、難しいと実感しています。やはり続けた方が良いでしょう。


手術後の経過や、生活を送る上で注意することはありますか?

岩佐さん
司会:田村あゆちさん
(フリーアナウンサー)

内分泌療法の副作用でホットフラッシュを起こしましたが、突然汗をかくので外出時の衣服に気をつけました。一番下に薄手のシャツを、その上には簡単に脱げるようなものを重ねていました。また、手術後の合併症である尿漏れですが、私は幸いにも軽く、最初に使った紙おむつが煩わしかったほど。使い勝手が良かったのは女性用の生理ナプキンです。男性は照れますので、妻に買いに行ってもらいました。